■笑の大学〜ブログにて
先日、ご紹介した映画「笑の大学」でしたが、じつはその笑の大学の公式ブログにこの「笑の大学」言い表した素晴らしい一文が載っておりましたので、ぜひご紹介と思いまして書いています。以下、プサン国際映画祭2004オフィシャルホームページ「自由掲示板」から引用
「この映画に対する事前の情報はまったくなく、ただ第2次世界大戦を背景にした、とても日本的な映画だろうとばかり思っていました。従いましてある種の不安もありましたけれども、実際にこの映画は私のそのような不安を綺麗に洗い流してくれました。
創作の自由を侵害する検閲に対抗するという、既存の重苦しくてありきった形式ではなく、ただ笑い、また笑い、しかしとても意味深い笑いを残してくれると言えるでしょうか。
深い考えを誘う笑いや理解力を求める笑いなど、そしてそのような笑いのなかには様々な感情を呼び起こすものがありました。それはつまり、愛であり、悲しみであり、憎しみやもどかしさなど、様々な感情が溶け合っている<笑いの溶鉱炉>のようなものでした。
上映中ずっと観客の笑いは止まらなくなります。それは決して軽率で低俗なコメディではなく、セリフのレトリックと役者たちの円熟した芝居が笑いを誘うのです。
しかし、映画が終わりに近づくにつれ、あなたはきっと泣くことになるでしょう。それは「笑いの大学」が観客をただ笑わせるためだけの目的をもった映画ではないからです。<笑い>が止まらなくなる中盤までが<過程>だとすれば、<結果>たる終盤では泣き止まなくなります。一言で言えば、<笑い>と<涙>を心行くまで楽しめる映画だということです。
皆さんにもまだ残っている上映を楽しんでいただきたいです。今回映画祭の数ある招待作品のなかでも、忘れられない一番指折りの映画になるだろうと思います。
舞台挨拶で星監督が仰られたように、ある種の先入観ばかりだとこの映画は韓国人の肌には合わなくなるかもしれません。映画の背景になる時代が第2次世界大戦の時であり、日本の帝国主義時代であったその背景は韓国の植民地時代をも連想させるからです。しかし、この映画が扱っているのはそのような巨大な外部的な状況ではありません。主人公は自分の作品が舞台で上演されることだけを願っていて、そのために自分なりの独特な方法をもちまして、静かなる戦いをつづけていくのです。
‘検閲’という単語はその時代の日本人のみならず、われわれ韓国人にも聞き覚えのある単語であり、馴染みのある映画的な素材であると思います。そして、何より<笑い>というのは万国共通のものでありますので、映画「笑の大学」の韓国初上映はかなりの成功を収めたと思います。決して韓国人の情緒を逆撫でするような映画ではなかったと自身をもって言えます。
私はこの映画の韓国公開を強く望みます。より大勢の方にこの映画が観られることを願います。
韓国の方が書いた文章ですが、「笑の大学」を適確に説明なさっている文章であると感銘を受けました。私がみた、舞台の「笑の大学」はすくなくともこうでありました。もっといえば、ここまで書いてしまうのが(読んでしまうのが)、これから「笑の大学」をみる人たちにとっては、きわめてもったいないものであるとも感じます。前評判なんて気にせずに見に行ってください。絶対にいいですから。
ちなみに、もし私が進めてるのに「悪かったら」「楽しめなかったら」・・・すこしでも失望感を拭い去るために、こちらの割引券をお使いください。
■「笑の大学」を丁寧に扱ってくださいね <<依然記した私と「笑の大学」についての記事
明日への活力です>>人気ブログランキング <<ためになったら、ぜひクリックしてくださいませ。


コメントありがとうございます。siraさんのご友人は我々に本当にすばらしい文章をいただきました。ぜひ、日本もまだまだ見捨てたものではないと(笑)