NHKの役割って?こちらです。
夕刊フジによれば今回の新潟の地震においてNHKが双方向通信を利用した安否情報の提供を行ったとのことで、かなりの評価を受けているらしい。その記事によれば、金と人があるNHKだからできることがあるとの見方も掲載されており、今後海老沢ブームで向かい風が強くなったNHKに対しては追い風に転じる可能性もある。
ふと考えてみると郵政公社の話とNHKの話が頭の中でリンクした。
郵政族の先生方が「公共の役割を考えたときに民間では弱すぎる」との話をし、まさにNHKもこの話だなと感じる。紅白歌合戦(参考: 紅白歌合戦完全マニュアル)についてもやはりニーズが違ってきたことは否めないが、始めた当時(昭和26年)は「歌」も「公共の役割」となっており、逆にいえば「公共の役割をもたせなければ、つまり放っておけば、多くの人が手に入れられることができなかった」わけである。
時代とともに「公共の役割」は徐々に少なくなっていった・・・というよりも、形を変えていった。しかし、それに対応できないNHKや国会議員がいる。いや、もっと言ってしまえば「国民」自体がその「公共の役割」について、それが認識できないくらい裕福になってしまった反発なのかもしれない。そして、形だけが残った「郵政」「国営放送」。
国鉄がJRになったのが1987年のこと。そして、おととしにやっと「完全民営化(参考:大手町博士のゼミナール)」になったわけだが、裏を返せば「おととし」にやっと「国民」の多くが自分で電車にのれる、不自由なく移動ができるとなったということで、それまではやはり国営でなければならなかったのである。それくらい「公共の役割」というのはむずかしい。もちろんすべてがすべて先述の理由で「おととし」に完全民営化ということではなく、「既得権益」も大いにからむ。日本という大国をにすがりつきながら飯をくっている輩も大勢いるわけだ。
一方、「年金」も「公共の役割」ではないのでは?という見方も一部の富裕層には出始めた。しかし、社会的に弱いものを守るという考えにのっとれば一概に切り捨てることはできない。(私は民法で規定されている平等という部分と基本的人権の尊重で十二分であると思うが、いろいろごたごたと付け加えちゃった部分で現況はかなり「弱者救済」が強いと感じる)
強い者が都合のいいように「公共サービス」を捻じ曲げてしまってはいけないことも考えなければならない。
台風や新潟の地震は我々に「公共の役割」の大切さを教えてくれたとともに、いまいちど「公共の役割」についてしっかりと考えるときに来ている。
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